【江戸時代”遊女の一生”大流行した”梅毒”】歴史、流行は繰り返すのか?

 

こんにちは!もあなです★

私は数年前に見た江戸時代〜幕末にかけての歴史ドラマの中で、ある遊女が末期の梅毒に全身を蝕まれ、生き絶えてゆくシーンに衝撃を受けた。

当時風俗でバリバリ働いていた私は、その遊女と自身をなんとなく重ねて見ていた。それからというもの、

「遊郭に売られた遊女の一生」「江戸時代のエロ本”春画”」「各時代における性のあり方」「人類最古の職業の一つと言われる風俗のルーツ」

このようなキーワードにとてつもなく関心を惹かれるようになった。

現代の日本人女性の働く風俗業界では最終的には”自身の決断”で足を踏み入れるパターンがほとんどだろう。

しかし、”お金と引き換えに人の手によって人身を売る”いわゆる『人身売買』は江戸時代の遊郭では日常茶飯事のことだった。ただ、余談であるが、今日も世界のどこかで人身売買が行われているかもしれない事実は忘れてはならない。

梅毒のルーツについて

日本での梅毒は、1512年に記録上に初めて登場している。交通の未発達な時代にもかかわらず、コロンブスによるヨーロッパへの伝播からわずか20年でほぼ地球を一周したことになる。特に沖縄においては、激烈な流行であった。江戸の一般庶民への梅毒感染率は実に50%であったとも推測される。抗生物質のない時代は確実な治療法はなく、多くの死者を出した。慢性化して障害をかかえたまま苦しむ者も多かったが、現在ではペニシリンなどの抗生物質が発見され、早期に治療すれば全快する。昔は鼻部の軟骨炎のために鞍鼻(あんび)や鼻の欠損になることがあり、川柳などに詠われていた。江戸時代の夜鷹(夜鷹とは夜に路上で客を呼び止め商売をする遊女のこと)などには梅毒により鼻が欠けてしまった『鼻欠け』も多かったので、川柳にも『鷹の名にお花お千代はきつい事』があった。“お花お千代”とは“お鼻落ちよ”に掛けた。

wikipediaより抜粋

江戸吉原の遊女の一生

禿(かむろ)は見習い遊女なる16歳頃まで、遊女たちの身の回りのお世話をすることが仕事。

禿とは、7〜8歳頃に貧しい家から遊郭へ売られてきた幼女や遊女が産んだ娘のこと。

そして教養や遊女としてのしきたりを学びながら、一人前の遊女への道を歩んでいった。

遊女としてデビューしてからは、最長で10年、27歳の年季明けまで遊郭で過ごさなければならなかった。

脱走防止のため、夜10時にはたった一つの吉原の門も閉ざされ、外出は一切禁止。

この原則を破り、逃げ出したりした者には厳しい罰則があったそう。

まともな休みも無く、朝から晩まで過酷な労働を強いられた遊女たちも、季節のイベント事に参加したり、茶道や和歌などを学ぶこともでき、貧しい農民の娘であったら一生着られない豪華な着物や髪飾りを身にまとうこともできた。

しかし、27歳を迎え晴れて年季が明けても、自身が売られた際の身代金や化粧品、着物、髪飾りなど全て自腹だったため、借金は払っても払ってもちっとも減らず。

行く当てもない、病気に罹っている場合お嫁さんとして貰い手がいない、など様々な理由で働き続けるしかない者がほとんどだった。

格下の店に転売されていく、ゆくゆくは遊女たちの雑用係りになる、40〜60歳になると加齢により遊郭では雇ってもらえず、路上で夜鷹として働くなど苦悩の人生を余儀なくされた。

年季までに遊郭から抜け出す方法はたった一つ。

莫大な借金を肩代わりしてくれるお客さんを見つけて遊郭から出してもらう”『身請(みうけ)』という方法。下級の遊女で約500万円。中でも位の高い花魁となれば約1億円の支払いが必要だったそう。

江戸時代でこの金額ということは、相当ビッグなお方でないと支払いは不可能であっただろう。

運と巡り合わせにより救われることもありえる世界。

シビアではあるが、現実これは命あればの話。

私が見たドラマのシーンのように梅毒で、または肺結核、水銀中毒、医師以外による中絶で年季を迎える前に命を落とす遊女は数多く存在したそう。

近年の梅毒の実態

近年、流行傾向にある性病、”梅毒”。

風俗店に身を置くあなたのすぐそばまで危機は迫っているのだ。

出典元:http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/seikansenshou/dl/leaf_h28-2.pdf

グラフのとおり、異常な増えかたをしていることが見て取れる。

女性の梅毒患者報告数は、5年間で5倍に増えたとも言われている。

つまり1000人基準で例えると、1000人中1人だった梅毒患者が、5年で1000人中200人になっているということだ。

中でも都市部に住む若い女性の感染は深刻。国立感染症研究所の分析によると、東京都に住む20〜24歳の女性に絞った時に、梅毒報告数は5年間で約25倍に激増したことになるそう。

江戸時代ではない。

平成のこの時代に起こっているのだ。

梅毒患者急増の理由はいくつかの説があるが、とにかく!自分の身を守るためにできることは”最大の予防”に限る。

以前は死にまで至らしめた梅毒も、現在では早期発見により治せる病気になっている。

予防、発見には知識が必要

どんな病気なのか、どんな症状なのか、知らなければ気づかずに悪化させてしまう可能性がある。

興味の有無ではなく、頭の片隅にでも知識はおいておくべきである。

  • 感染経路

梅毒は主に感染している皮膚や粘膜の直接接触により感染する。性交やアナルセックス、オーラルセックス、また口内に病変部位がある場合、キスでも感染することがある。

  • 症状

梅毒のステージは第1期から4期までの4段階に分かれる。自覚症状は男性よりも女性の方が軽いと言われている。

第1期の初期症状で最も分かりやすいのは感染部位にできる5〜20mm程の小豆のようなコリコリした赤い「しこり」。女性では、陰部、肛門、唇、口内にこのしこりができる。その後、2、3週間して跡形もなくしこりが綺麗に消えてしまう場合と、ただれたようになる場合がある。しかしそのただれはあまり痛みを生じないため、気づかないことも多い。太もものリンパの腫れも同様に痛みを生じない。またその腫れも2、3週間で消えてしまう。

第2期に入り感染から約3ヶ月過ぎてくると、血液の流れにより病原菌は全身に広がり、体のいたるところに赤い1、2cm程の発疹が出てくる。これもまた前述した、しこりやリンパの腫れと同じく痛み痒みが現れず消えていってしまう。しかしこのバラ疹と言われる発疹は梅毒の特徴的な症状。

初期症状後の無症状には特に注意をしなければならない。

  • 併発

梅毒感染により傷ついた粘膜はHIVにも感染しやすくなる。アメリカ国内の調査では、梅毒新規発生患者の60%以上がHIV感染症を合併していることが判明している。

近年流行り出す前は、非常に少なくなっていた梅毒患者。最近の婦人科医も梅毒の診察や治療が初めての医者が少なく無く、見落とす可能性もあるのだとか。症状が現れても初期の段階では症状が自然治癒してしまう梅毒は、特にアンテナを張って自分の体の変化に敏感になった方が良い。

>>梅毒についてもっと詳しく知る<<

>>もあなの性病体験コラム<< こちらはぜひ知っておいて欲しい私の体験談。

まとめ

ここまで感染が急増した理由を個人的な視点で述べさせてもらうと、『個人の意識の低さ』があると感じている。

最低限のコンドームの着用は必ず行い、この事実を他人事と思わず、自分自身も今日、梅毒感染するかもしれないことを忘れないで欲しい。

多くの人と交わる機会があるということは感染の確率は確実に上がる。

危機感を持ち、予防をしていれば感染は防げる。

また、もしも感染したとしても、決して放置せずに1秒でも早く変化に気付き、病院に向かって欲しい。

江戸時代を生きた、遊女たちの美しくも辛く儚い人生を思うと、繰り返して欲しくない歴史である。

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もあな

キャバクラからソープまで経験。自身のソープ在籍時には女の子から相談を受けることが多く、ポジティブな思考の持ち方についてアドバイスをしてきた。自身の経験を”誰かのために”発信したいと思い、風俗ライターを始めることに。悩みを抱える現役風俗嬢の女の子たちに「何事も楽しむ方法」を知ってほしいと切に願っています!現在は生活の拠点を海外に置き、毎日をポジティブに生きている。