エピソード

【つばきの場合 20】花言葉のうそ

風俗で働く女の子の物語。
あなたは彼女たちを批判する?
それとも共感?
今回は20人目のあたし。つばき。
1人目はこちらからご覧ください。

つばきの場合

「つばきさ〜ん。あ〜ん」
大ちゃんの甘ったるい声には逆らえない。
あたしはタバコを吸っていても、とても白い歯に関心しつつ大きく広げた口の中にフライドポテトをポイっと放り投げた。
このラブホはドリンクが無料の上、おつまみも2品無料なのだ。
今日はフライドポテトと鳥の唐揚げとコーラ2杯を頼んだ。
けれど、1番美味しいのはたこ焼きだったりする。
「うぎゃ!あちち!って容赦ないよ!幼児虐待で訴えるから」
「あらら?そんなに熱かったかしら?てゆうか大ちゃんさ、もう幼児とゆう年齢は遠の昔に超えていますけどぉ」
ふふふ。あたしは古女房みたいな口調になりながら大ちゃんの頭を撫ぜた。
柔らかな髪の毛。円らな瞳。大ちゃんは否応無しにかわいい。
けれど、大ちゃんはデリヘルでのお客さんだ。
お客さんなのに恋愛とも友達とも、なんともいえない不穏な気持ちがあって大ちゃんに呼ばれるのは嬉しい反面苦しい。
お客さんにこうゆう類の感情を持ったのは初めてかもしれない。
冷めてきたフライドポテトってさ、だんだんと不味くなるね。
言いながらも大ちゃんはフライドポテトを飽くことなくぽいぽい口に運ぶ。
「つばきさんは?唐揚げ食べんの?」
すっかり冷めきった唐揚げを勧めてきた大ちゃん。こんな優しさが好き。
あたしは、うん、じゃあ、と大ちゃんの方を一瞥したのち、唐揚げを手にとって一口齧った。
ジュワと肉汁が出てくるはずもなく、お菓子のような唐揚げをちびちびと食べた。
「やっぱりさ、何でもあつあつの出来立てが美味しいよね。いくら安物でもさ」
「うん、だね〜」
大ちゃんはベッドで横になっている。シャワーもしていない。
あたしは何度も大ちゃんに指名されてあっているが、大ちゃんのペニスを1回も見たことがない。

最初にあった日、「あ、俺、精子が出ないからさ。脱がなくていいよ。お姉さんと話がしたいだけ。あ、でも抱きしめてほしいかな」
「え?あ、はぁ」
大ちゃんはさらっとそんな不明瞭なことを言ってのけた。
あまり深く訊いてはならないかもと思いつつ、どうして精子が出ないの?とやんわりと訊いたみたら、
「俺さ、2年間くらい引きこもりでね。ん〜。なんてゆうのかなぁ。社会不適合者ってゆうの?外に出るのが怖くなったんだよ」
そんな重たげなことを軽く話すのだからそのことにも驚いた。あたしは話の続きを待つ。
「でさ、暇だからオナニーばっかりしていたわけだ。で、しすぎて在庫の精子がなくなったって訳さ」うん。うん。大ちゃんは自分の言ったことに対して納得し不服なさそうに笑顔を投げた。
「え?でもさ、でもよ。女で試したの?精子が出るかどうか?」
「お、いい質問だね」大ちゃんは大きく頷いた。
「試したさ。でもダメだったし。その道のプロにも頼んだよ。お風呂屋さんのねーちゃんとか。母さんみたいな熟女とかね。でも……」
ダメ〜。大ちゃんとあたしの声が重なった。熟女とかって笑えるわね。
大ちゃんのお母さんっていくつなの?
「42歳」「げげ、若い〜」「あ、俺、20歳の時の子だからださ」「ふーん」
大ちゃんは母親からの情報でいくと22歳なはずだ。
しかし、大ちゃんはあたしをおねいさんなんて呼ぶがその実あたしの方が2つだけおねいさんだけだ。
けれど、大ちゃんには「30歳」と嘘をついている。

「つばきさんてさ、12月28日うまれじゃない?」
あたしも裸になって大ちゃんの横で腕枕され横たわった。
「え?どうして?なんで知っているの?」
へへへ。俺占いが得意なんでね。なんていいながらあたしに抱きつく。唇が意地悪く首筋を這う。
「あ、じゃあさ、つばきって本当の名前なんだね。源氏名じゃなくて」
あたしは、こくんと頷いた。
大ちゃんは引きこもり時代、いろいろな占いに凝ってその世界にはまり、今は個人で占い屋さんをしている。
結構あたるんだぜ〜!などと声を張り上げ言っている大ちゃんは輝いて見える。
占いの世界が大ちゃんを暗闇から救ったのだ。
「つばきっていい名前だね。うん。うん」
「ふふふ。ありがとう」
大ちゃんは今日も嘘つきのあたしを抱きしめただけで満足をして帰って行った。
占いで生計を立てている大ちゃんを少し尊敬している。
けれど……。
あたしの名前はつばきではないし、誕生日も12月28日ではない。
風俗嬢はね、基本さ、偽名使うの。
自分でない自分になるために。
あたしはつばきになって男の人に笑顔を届けたい。真っ赤に咲く強い花。ツバキのように。
うちに帰ってネットで『誕生日の花図鑑』と言うサイトをみたら、ツバキの誕生日は『12月28日』だった。
わ!大ちゃんすごいよ。あたしは大ちゃんがすごい占う師になるような気がした。
__________
※大ちゃんのような占いの出来るお客さんにあたったとき、「あやちゃんは結婚を3回します」と言われたことをおぼえています。
あはは。結婚ね〜。したいような。したくないような。ふふ。

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風俗嬢歴20年の風俗嬢・風俗ライター。現在はデリヘル店に勤務。【ミリオン出版・俺の旅】内にて『ピンクの小部屋』コラム連載。趣味は読書。愛知県在住。

 
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