【江戸時代の遊郭】遊女たちに投影する、現代の風俗嬢の生き方。

こんばんは。綾野アオイです。

今回は時代を江戸時代にまでさかのぼり、遊郭で働いていた遊女たちと現代の風俗嬢の生き方について書いていきたいと思います。

江戸時代の遊郭で働く遊女の生き方

江戸時代の1617年(元和3年)にまでさかのぼり、江戸幕府は公娼制度により散在する公娼地帯(遊女屋)を特定の地域に集合させるため、全国各地に20ヶ所の遊郭を作りました。

その代表ともいえる巨大遊郭が、現在の東京都の日本橋人形町2丁目辺りに“吉原”という遊郭の誕生です。

※現在の吉原は東京と台東区千束4丁目付近一帯ですが、そのことについては別のコラムで書こうと思います。

吉原遊廓で働いていた女性たちは、自らの意思で遊女になったのではなく、下級武士の家庭や農村部の貧しい家庭に生まれたことから両親に売られた5歳~16歳の少女たちでした。

売買の金額も下級武士の家庭では18両(現代価値180万円)、農村部の貧しい家庭では3両~5両(現代価値30万円~50万円)という金額で売り飛ばされた少女たちでした。

親に風俗店に売られる5歳~16歳の少女なんて、現代では考えられませんよね。

そんな時代だったのです。

彼女たちは17歳~18歳頃になるまでの間、見習いとして先輩遊女たちの身の回りのお世話をして過ごし、17歳~18歳頃になると遊女としてデビューすることになります。

そこから約10年間、29歳頃に訪れる“年季明け”の年頃までを遊女として男性客の相手を毎日して過ごすことになるのです。

29歳の年季明けを待たずして遊女を終える方法

現代ならば遊女は風俗嬢として。

風俗デビューから引退までは、自分の自由意志の元で決められるものです。

しかしその時代の遊女たちが引退とする“年季明け”を待たずして遊女を終える方法。

  • 男性の妾(現代の愛人)として買い取ってもらう方法。
  • 自ら命を絶ち、人生をも終える方法。

この方法でしか年季明けを待たずに遊女を終える方法がありませんでした。

男性の妾として買い取ってもらう方法とは、そうとうな金額を積まなくてはならず、

29歳の年季明けまでに、その遊女が稼ぐはずだった金額。そして身の回りのお世話をしている見習い遊女たちへの祝儀、遊女を終える祝いの席を設けるための費用など、全てを請け負う必要がありました。

なのでなかなかそのように遊郭を抜けられた女性はいなかったようです。

もう一つの方法である自ら命を絶つという方法。

遊郭内にいても男性と恋に落ちる遊女も少なくありませんでした。

駆け落ちをしようとも簡単にはできません。

男性と2人、命を絶ってまで結ばれたいと強く願う者も少なくありませんでした。

悲しすぎますよね。

この時代に遊女たちは恋をすることすら叶わなかったのです。

年季明けまで生きていることさえも奇跡

普通に生きていても29歳の年季明けまでも生きられない遊女たちも多くいました。

理由は江戸時代に遊郭内で蔓延していた“梅毒”が原因での病死です。

また、度重なる妊娠と堕胎による手術で体調を崩して亡くなる遊女も多かったと言われています。

現代のようにピルはなく、避妊方法は柔らかい紙を膣内に詰め込み避妊する方法が主流だったといわれていることからわかる様に、避妊の失敗はとても多かったようです。

ハンドサービスのみの風俗店や、スキンを着用してのサービス。

安心安全に自分の身体を守りながら働ける現代の風俗嬢たちは、とても恵まれた環境にいると思います。

好きな曜日に好きな時間だけ。

自分の決めたシフトで出勤するスタイルの現在の風俗嬢とは正反対な生き方だと思いませんか?

親に売られて人生を遊郭に捧げなくてはならなかった彼女たちが日々、生きるか死ぬかという瀬戸際で奮闘していた場所、遊郭。

その基礎があったことで現代の吉原をはじめとするソープ街、はては全国の風俗街があるといっても過言ではないと思います。

現代の風俗嬢。

わたしたちはなんて恵まれているのだろうと思いませんか?

風俗嬢という職業に誇りを持ってよいと思う

風俗嬢という職業で働いているということを、周りには言えない方も多いと思います。

そのことがストレスになり、気分が滅入ってしまう方もいると思います。

しかし、私たちはなにも悪いことをしているわけではないのです。

風俗嬢という職業に、誇りをもって生きてよいと思っています。

自分たちの得意分野で仕事をしているだけなのだから。

この、NAISHOというサイトを見ている女性の皆さんは、適当に仕事をやり過ごしているわけではないと思います。

ただただ適当にやり過ごしているだけなら、こういったサイトには辿り着かないのではないかな?と思っています。

遊郭で働いた遊女たちは、自分の意志とは別で働かされていました。

けれど、私たちは自由意志の元、風俗嬢として働いています。

遊女たちはこの風俗という業界でお仕事をしてきたことは、引退をした時に何の役にも立たないと思って投げやりになっている方もいるかもしれません。

気遣いや思い遣り、時間にきちんとお仕事をすること。

いつかこの業界を卒業しようと思っている女性の方、ずっとこの業界で働いていきたいと思っている女性の方。

いまこの業界でお仕事をしているのだから、心や身体の負担を少しでも減らしてたくさんお金を貯めておいてほしいと思います。

こうして働いてきたことは決して無駄なことではなかったと、将来思えるような経験やお金をたくさん蓄えてほしいです。

辛いことを相談できる相手がいないのなら、その相談をする窓口に私たちを是非活用してください!

この業界で働いていてよかったと思えるような経験をたくさんして、満足のいく形でこの業界から卒業をしていくためのサポートをしていこうと思いますので、ぜひ頼ってくださいね^^

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綾野アオイ
アダルトライター/風俗ライター。好奇心から始めたSM店・M性感店でM男遊びにドハマリして貴重な10代と20代を浪費した攻め専門嬢17年生。一目惚れした年下のお客と結婚後もネタ収集と性欲発散のために現在も月2で出勤中。 好きな言葉は予約完売、好きなプレイはアナル開発、連続ドライオーガズム。体の負担や性感染症のリスク、年齢問わず長年勤務できる攻め専門嬢というジャンルを推奨中です。好きな食べ物はグミ。