風俗で働く女の子の物語。
あなたは彼女たちを批判する?
それとも共感?
今回は28人目のあたし。いく子。
1人目はこちらからご覧ください。
いく子の場合
あたしはとってもお化粧がうまい。なにせメイクだけで90分以上もかかる。
けれどこれって裏を返せばブスなのだ。
メイク美人という呼称はあたしのためにあると自負している。
「え〜。やだぁ。いくちゃんさ、そんなに時間がかかるのかぁ。てゆうかさ、90分ってプレイ時間と同じじゃんね〜」
まあごもっともですね。そう思いつつ肩をすくめた。
なので黒目がちのさえちゃんにメイク時間を訊いてみた。
「さえ?さえはね〜。多分10分くらい〜。たまにさ、送迎車に揺られてするからね〜。でね、でね。アイラインが歪むの〜えへへ」
さえちゃんは小動物のように笑う。
えへへ。くそっ、かわいいじゃないか。おい。おい。
語尾を伸ばして話をするのって23歳までだ。さえちゃんは21歳。くっそ〜。
「いくちゃんってさ、メイク濃い〜じゃん。仕事のときってさ、シャワーとか浴びるし、よだれとかつくでしょ?困んないのかなぁ〜」
若いって容赦ないな〜。
メイクが濃いってハッキリ言うし。
あたしは苦笑をしながらも
「そうだね。困んない? ん? 困る? え、どうだっけか」
「ええ?なにそれ。だっていつも仕事行ってんじゃん」
だよね〜。
あたしはすっかりそんなことなど気にしないで仕事をしていた。仕事中はだって必死だし、お客さんの前でメイクは直せないから。
ホテルから出て送迎車に乗ってからコンパクトを開きお粉を叩く。パタパタと。
アイラインや眉などはしっかり顔にはりついているし、マスカラは水に強い強力なものだし。
今時代のお化粧道具はよく出来ている。
そうそう簡単にははがれないのだ。
25歳はお肌の曲がり角だというけれど、来月26歳になるあたしはどうやら曲がり角に差し掛かっているようだ。
「あら、今泉さん久しぶりね」
出向いたホテルにいたのはちょっとだけ初老の入ったお客さんだった。
「いく子さん元気だったかな。僕は海外に行ってきたんだよ。奥さんと」
今泉さんは奥さんと仲良しでよく旅行に行く。
あ、これお土産。
そういわれて茶色の紙袋に入ったA4サイズくらいの袋を差し出す。
「わ! ありがとうごさいます〜。なにかなぁ」
見た目よりもかなり軽い。なんだろう。
あたしは首をかしげつつ、開けていい?と今泉さんに訊いてみる。
今泉さんは大きくうなずき、大したものではないんだよね。と、謙遜をした。
紙袋の中身は真っ白の固形石鹸だった。それもたったの1個。
ビジホにある固形石鹸とまるで遜色ないように見て取れる。
あたしはおもむろに石鹸を取り出す。匂いもなにもない特色のない石鹸。
あたしはとても言葉が出なかった。今泉さんがあんぐりしているあたしの背中に声をかける。
「あはは。その石鹸で顔を洗うとな素顔がみるみる綺麗になるんだよ。うちの嫁はもう20年以上その石鹸だけで過ごしているんだ。今もシミもシワもなく綺麗なんだよ」
「へー」
嫌味なのだろうか。あたしがあまりにもお化粧が分厚いから。ブスだから。
遠巻きの見えない嫌味ほど辛辣なものはない。くそっ。
「いく子さん」
今泉さんが名前を呼んだ。あたしは顔をもたげ目線を合わす。
「今からその石鹸でお顔を洗ってきてください」
え?今?嘘でしょ。
石鹸の素晴らしさを知ってもらいたいからね。と、付け足す。
こんなお願いなど普通ならば一蹴するが、なぜだかその石鹸で顔を思いっきり洗ってすっぴんになって肌で息をしたかった。
「はい」
あたしは大きな返事をしてシャワーをひねり顔から水を浴びた。
石鹸を泡立て顔に塗りたぐる。ホテルで。それも接客中に。
あたしはとても自由を感じた。顔を洗ってタオルで軽く拭く。
鏡をみたら顔の色が白くなっていたし頬がピカピカに光っていた。
「えっ。すごい」
あたしは独り言をいいながら今泉さんの前に出て素顔をさらす。
「綺麗だ」
目を細めてあたしを見つめる今泉さんの目は嘘ではないと確信をする。
事実、自分でも素顔は綺麗だと思った。
「まだ若い」
今泉さんは口をひらき
「背伸びをしないでもいい。自然体に。いく子さん」
優しい声でそう続けた。
土台ブスだからお化粧でごまかしてきた。
付けまつげカラコン。そのような装飾で着飾ってもなにも中身などは変わらない。
確かに顔で仕事をするのかもしれない。けれど本当は裸の心を持って接客をするのだ。
あたしは風俗の仕事をするたびにお化粧が分厚くなっていった。
それと同時に心のお化粧も分厚くなってわがままになっていった。
今泉さんもそれの事を察知したのだろう。きっと。
「薄化粧でも大丈夫かな」
長い時間かけていたお化粧の無駄な時間。その時間を他のことに費やせばいい。
たとえば写メ日記を書けるし、きちんとご飯だって自炊できる。
もう着飾るのはやめる。
あたしは使った石鹸を丁寧にタオルで水分をとって、元にあった袋にしまった。
「いく子さん。すまんが延長いいかな」
「あ、はい! もちろん」
おもては猛暑だけれどホテルの中は快適な温度に保たれ、素顔の顔になったあたしの顔はニヤニヤしていた。
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※お化粧は大事だけれどもっと大事なことがあるね。きっと。
綾