風俗で働く女の子の物語。
あなたは彼女たちを批判する?
それとも共感?
今回は26人目のあたし。カンナ。
1人目はこちらからご覧ください。
カンナの場合
205室の部屋のドアの前まで来ているが、どうしても足がすくんでしまってノックが出来ない。
ドアに耳をくっ付けて中の音を拾おうと躍起になるが、聞こえてくるのはテレビの中の女の喘ぎ声だけ。
中の人の情報など音だけでわかるわけなどはない。
こわい。こわい。けれど、仕事で呼ばれて来ている。わかっているんだけれど。
いつもこうだ。部屋の前で右往左往してしまう。
手に背中に汗が滴る。
ピルケースから白い粒を取り出し、水もないのに噛み砕く。
息が荒くなってきて狭い廊下の酸素が薄まってきている気がしてならない。
「よ、よし……」
やっと、ドアを開ける決心をする。
いつもこんな感じなので仕事をする前からどっと疲れが押し寄せる。はぁ。
【コンコン】
部屋の中から待ってました! とゆわんばかりの足音が近づいてくる。
【ガチャ】ドアが開き、お客さんがあたしを下から上まで視線を移動し舐めるよう品定めし、「あ、どうぞ」と、部屋に促す。
「お、おじゃまします」
あたしはうつむき、ドッと汗をかきながヒールを脱いで部屋の中に吸い込まれてゆく。
「あなたさ、きちんと人の目を見て話しが出来ないのかなぁ?」
面接のとき、店長に呆れ顔をされた。あたしは黙って下を向いて、小さくうなずいた。
「す、すみません」
「いや、そこ、謝るところじゃないでしょ?」
さらに店長の眉間にしわが寄る。
「なに?人見知りってやつ?」
黙っていたらさらに言葉を付け足し、当たっていたので、そこは大きくうなずいた。
「えー。まじで。この仕事さ、かなり大げさな接客業なんだけれどね。わかってるよね? 男性と1対1になるんだけれど。それし、エロ〜いこともするんだよ」
ね?わかってんの?
店長は苦笑いを浮かべあたしを見入っていた。
「……、ええ、まあ、わかってます」
そうこたえるのが精一杯だった。
「綺麗だしスタイルがいいからね。きっと売れっ子にはなるだろうけれど。ね〜」
最後の、ね〜、という言葉はほとんど呆れている声音になっていた。
「まあ、明日体験すっから来てよ」
あたしはこんなにも人見知りなのに明くる日から風俗嬢・カンナさんになっていた。
人見知りというかもっと深くゆうと【男性恐怖症】なのだ。
元カレにゴミのように捨てられてからというものおもてに出れなくなり、人が誰も信じられなくて引きこもりになった。
まだ24歳。もう24歳。
お嫁さんになるのを夢見ていたので夢が破れてしまった今、生きることもままならなくなっていたのだ。
そんなとき、隣の部屋がデリヘルの待機場だということを知った。
顔見知りの女の子が出来て「なんならデリしてみる?」と、それこそ挨拶がわりにデリヘルの仕事を紹介された。
「カンナちゃんさ、お客さんなんてじゃがいもだと思えばいいよ。きっとそのうち慣れるよ。うちも慣れたよ」
けけけ。みつきちゃんはかわいい顔をしてやり手でいつも指名客で予約が埋まる。
その助言もあってだんだんと慣れてはきたし、笑いのお面もかぶれるようになってきた。
まあ、部屋に入るまではいつまでたっても躊躇するけれど。
「あ、カンナちゃんお久〜」
部屋に入ったらお客さんはそう大きな声で挨拶をした。
あたしはゆっくりと顔をもたげ、お客さんの方に視線を伸ばす。
「あ、えっと、確か・・・」
「そう、俺だよ、この前呼んだだろ?」
ああ〜。あたしはお久しぶりです〜と応える。
「また、呼んでくださったんですね。それはまあご愁傷様です。」
は?
お客さんは、真っ直ぐにあたしを見つめたと思ったら大きな声をあげてケラケラと笑う。
「いやあさ、その嘘だか本当だかわからない秘密めいたところが気に入ったんだよね。」
お客さんはポリポリと頭をかく。
「ありがとごさいますね。」
あたしはお礼をのべ、「あはは」と、嘘笑いを浮かべた。
「いいの。いいの。誰でも個性はあるし、俺はカンナちゃんが気に入ったんだからさ。まあ楽しくやろうよ」な!
な!の時にお客さんはあたしの髪の毛をそっと撫ぜた。
「あはは」あたしは肩をすくめまた薄く笑う。
部屋の出窓があいていて、おもての初夏の風がゆるゆると長い髪の毛をなびかせる。
「いい匂いがするな。」
お客さんはあたしの髪の毛に振ったコロンの匂いに鼻をくすぐられて瞼をそっととじている。
今日はいい日かもしれないな。うん。うん。
あたしはまだ風俗嬢をやれそうだ。
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人生っていろいろだからね。そう。そう。あはは。
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