風俗で働く女の子の物語。
あなたは彼女たちを批判する?
それとも共感?
今回は30人目のあたし。まい。
1人目はこちらからご覧ください。
まいの場合
「ママ〜、アイスある?」
晶と舞が外野でワーワーと小動物のように騒いでいる。
しかし暑い。
子どもたちは夏休みという膨大な休日に突入をして、やっと3分の1が終わったところだ。
「冷凍庫にもうないの? 晶〜?」
「ないよ〜。さっき、舞がね最後の1本ね、食べちゃったの」
舞は、あたし、し〜らない。と、言わんばかりのしたり顔をし、テレビの前に座って午後から放映しているヘリコプターのドラマを見ている。
「はぁ」
あたしはため息を床に落とした。
2LDKの狭い団地。容赦なく突きつける西日。
晶の背にへばりつくよう西日が乗っかり、逆光で晶の顔が真っ黒に見える。
けれど、汗をかいているのだけはわかる。子どもは汗かきだから。
「買い物に行くかな」
え? え? 晶と舞が同時にあたしの方に目線を投げかけ、それはすぐに歓喜の声音に変換をされる。
わーい。わーい。えっと、僕はね、ソフトクリームのね、メロン味がいい。
うちはね、えっと、え〜!
晶がそこで舞の言葉を遮って
「舞はもうだめ。だってさっき食べただろ。ママと僕だけだよ。だってうちはねお金がないからね。ね〜、ママ〜?」
「……、え、うん」
こんな小さな天使たちに小学2年の双子に、うちの生活水準を心配されるなんて。
あたしはうっすらと目頭が熱くなる。けれど、図星だ。
「でもね、晶。そんなこと心配しないでよ! ママ明日は仕事に行くからね」
「え〜。でも早く帰ってきてよ」
あたしは、うなずいてから晶の汗でびっしょりとなった髪の毛を撫ぜた。
30歳の未婚の母。未婚のまま子どもを産んだ。
ギリギリまで妊婦専用デリヘルに従事していた。
「まいちゃんさ、いやにお腹が大きいね」とか「前に飛び出しているから男の子だね」などお客さんや店長、あるいはお店の妊婦仲間にまで散々と言われ、結局産んだら双子だった。
それも男と女の二卵性。
あまり似てはいないけれど、一気に男の子と女の子のママになったことであたしはかなり強くなった。
(検診に行かなかったから双子だと知ったのはそのとき)
家族が欲しかった。
夫・父親という存在だけが抜けてはいるが、それは想定内だったこともあって、右往左往しながらなんとか2人を小学生までに大きくした。
妊婦デリヘルから今度は母乳専用デリヘルに移ったのは出産して2ヶ月したときだった。
姉妹店っていうこともあって、子どもを連れて寮住み込みで仕事をした。
母乳が好きな男性が多くてほとんど驚いたし、母乳が売れるなんて思ってもみなかった。
「女はね、全てが売れるんだよ。まいちゃん」
それは店長の口癖だった。
大の大人があたしの母乳を喜んで飲んでいく。
異様な光景だったけれど、授乳真っ只中のあたしにとって母乳を差し出すのは全く苦ではなかったのだ。
お客さんに与えた分だけたくさん食べて今度は晶と舞のために母乳をつくる。
当時は1日6食まともに食べてもちっとも太らなかったし、むしろ痩せていった。
母乳は2年程出たけれど、おいしい母乳はさすがにでなくなって母乳デリヘルを退店したあとは、普通の人妻デリヘルに従事している。
世の中うまく出来ているなぁ。と、ほとほと感心をする。
妊婦デリ・母乳デリ・人妻デリ・熟女デリって。
母親である以上何をしても子どもを守っていかないとならない。
どのジャンルの風俗でもお客さんは皆喜んでくれた。
今はぽっちゃり人妻まいちゃんで、人気No. 1ではないけれどそこそこ仕事はある。
けれど以前ほどの収入を得られないのはいたしかたない。時代かもしれない。
子ども達の夏休みが明けたらしっかりと出勤しようと思っている。
さすがにまだ長時間留守番をさせるのは心もとないから。
「行くよ」
おもてはジージーとセミが鳴いている。
ツクツクボウシとジージーゼミの違いはよくわからないけれど、晶は「アブラゼミの音がうるさいね、ママ」知った顔していたずらっぼくでつぶやくので、そうね、と微笑みで返し晶と舞の小さな汗ばむ手をとって駐車場まで歩く。
アブラゼミっていうのは、ジージーゼミなのかなぁ。
あたしは心の中で疑問に思う。そうして幸せを感じている。
舞はまさかあたしが風俗での源氏名が『まい』だなんて知らないだろうし、知ってほしくもない。舞、ごめんね。
あたしはフフフとさらに微笑んだ。
暑いなぁ。今年の夏は本当に暑い。
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※まいはあたしの源氏名。娘の名前は『麻唯(まい)です』笑。まいちゃんごめんね。と思い仕事をしていました。
綾