エピソード

【えみの場合 32】癒されたいの

風俗で働く女の子の物語。
あなたは彼女たちを批判する?
それとも共感?
今回は32人目のあたし。えみ。
1人目はこちらからご覧ください。

えみの場合

『こ、腰がぁ〜』
3人目のお客さんの(がたいがデカかった)マッサージが終わり、腰のだるさと腕のだるさを感じながら、拳を握りしめながら腰をトントンと叩いた。
普通のオイルマッサージ店なら、マッサージ台がちょうどいいところまで上げ下げ出来るけれど、ラブホテルやビジネスホテルはベッドが低い。
あげくあたしは背も低いし鼻も低い。
「あ〜、今日も気持ち良かったよ。えみちゃん」
お客さんには『腰がぁ』の声は聞こえなかったようだ。
ふぅ。あたしはまあ、ありがとうございまーす。と、お礼で返事をした。
特に最後の手コキがもう、最高だった。
お客さんはそう付け足す。満足そうな顔で。
あたしはうなずき、再度ありがとう、と笑った。
最後の手コキ。
手コキなどおまけにすぎないと思って、オイルマッサージの方に力を注いでいるのに。
男性諸君は皆、最後の手コキに期待するあまり、マッサージはぞんがい上の空だ。
お客さんがシャワーをしにいく背中を見送ったあと、急いでベッドまわりをかたづける。
オイルまみれになった茶色のビニールシーツ。
別に意味もなく履かせる紙パンツ。大きな目なバスタオル。
たくさんの荷物を抱えて仕事にいく姿は滑稽だ。
お客さんは少しだけ明るくなった形相で出てきて、また指名するよ。と、常套句を並べ帰ってゆく。
身体の力が急に抜け、あたしはまだ清潔を保っている真っ白なシーツに大の字に寝そべった。
「ああー。ああー」
声を天井に向け発する。
思いの外間抜けな声が出てあたしは笑った。
性感エステ嬢のお仕事はなにせ体力と気を使う。はぁ、今度はため息が大きく出た。

【脱がない・舐めない・触れれない】
というキャッチフレーズに吸い寄せらてこの世界に入った。
元は本当のエステティシャンだった。
「ええ? 本物の? エステティシャン? まじかぁ」
最初店長との会話でそのことを話すと、「うぁーまじで。」と大仰に驚かれたし、入店に関してもしごく感謝をされた。
「お金がいるので。せっかくだし。だったら風俗でも同じかなって」
まるで違った。
最後は手でもってしごかないとならない。
男性諸君の期待を胸にあたしはマッサージよりも手コキの方が上手になってしまった。かもしれない。
「ねぇ、ねぇ、えみちゃん」
今日は珍しく待機室に来ている。
いつも予約で埋まるあたしだけれど、お盆を過ぎたあたりからぐっと暇になった。
黒目がちな目を向けてさえちゃんがあたしを呼ぶ。
「なに?」
「あのね、」
アニメ声のさえちゃんはあたしの耳元で話を続けた。こんな内容だった。
この前ね、出張マッサージのお兄さんを呼んだのね。
さえだってマッサージされたいし、同業としてどんなサービスをするのかね、し・さ・つ。って感じかな。
でね・・・。
さえちゃんの話ダラダラとさらに続き「イケメンのお兄さんに癒されたよ」と、締めくくった。
「へーそうなんだね。女が呼べる風俗があるんだぁ」
そう、そう、さえちゃんは楽しげにうなずいた。
「えみちゃんも呼んでみたら。癒されるよ。男性から受けるマッサージはね、手が大きいし、体温も高いから気持ちがいいの。最後までしないし。なんだかお姫様になったようだったよ。さえね、ついでにお姫様だっこしてもらったんだ」
え? あ、そ、そうなの。よかったね。さえちゃん。
あたしは、そのマッサージのお兄さんの腰が心配になった。
なぜかというとさえちゃんは何気に肥えているのだから。70キロくらいは絶対にある。うん。

「背中からオイルを垂らしていきますね」
初めて1人でラブホテルに入った。
女性向け風俗店を検索したら結構お店があって驚いた。
その中でも顔出をしているお店に電話をした。ゆうさんは写真のままの長身のイケメンだった。
「あ、く、くすぐったい」
オイルは人肌に温めてあり、ラベンダーの匂いが調合してある。ベースオイルはココナッツ。
王道だと思った。同業者だということは伏せてある。
では、はじめていきますね。
一声かけて施述が始まる。甘い薔薇の吐息。あたしは目をつぶる。
大きな手のひらが背中を背骨をゆっくりと滑ってゆく。絶妙な加減。
あたしは身体で施述をしているが、ゆうさんは手だけで滑っている。
男性の方が手が優しく感じる。
女性のエステティシャンとはまた違う感触。異性だからだろうか。
無駄な思考が邪魔をしている。
ああ、あたしは急に納得をした。
男性も最後の手コキを楽しみにしているよう、あたしも最後にしてくれるだろう、快楽を楽しみに待っている。
マッサージも心地がいいけれど、それ以上に期待するなにか。
無駄なことは一切口にしないゆうさんは仰臥の体制をとったあたしに、綺麗だ、と褒め称え、陰部にローションを垂らし、繊細な指先でイカしてくれた。
痛くもなくかといって不快でもなく快楽が勝った。
「ゆうさん、ありがとう」
無駄な肉のない背中に声をかける。
ゆうさんは、どうも、とだけいって微笑みを返した。ちょっとだけいい?
あたしはゆうさんにお願いをした。
ぎゅっと抱きしめてくれないか。と。
「そんなこと。おやすい御用です」
ゆうさんはまたちょっとだけ笑い、裸のあたしをそっと抱きしめた。
オイルがついちゃうよ。ゆうさんは、首を横にふってから、そのオイルは身体に浸透をするオイルだから。大丈夫です。と、ささやく。
あたしはあなたに浸透されたわ。
心の中で独りごちる。
癒されたい男性の気持ちがなんとなく理解できたかも。
明日さえちゃんに話そう。薔薇の匂いはあたしの身体の中まで浸透し始めてゆく。
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※女性向け風俗店が流行っていますね。あたしも癒されたい〜。

風俗嬢歴20年の風俗嬢・風俗ライター。現在はデリヘル店に勤務。【ミリオン出版・俺の旅】内にて『ピンクの小部屋』コラム連載。趣味は読書。愛知県在住。

 
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