風俗で働く女の子の物語。
あなたは彼女たちを批判する?
それとも共感?
今回は6人目の女の子。
1人目はこちらからご覧ください。
【せりなの場合】
約束を反故にするのは至極簡単だ。
こちらの電話番号は非通知だし、メールもgmailなのでまた違うアドレスを取得すればいいだけの話しであって。
何も複雑に深慮しなくてもいいのだけれど、一蹴してしまったら今日の稼ぎがゼロになってしまう。
実は行っても行かなくてもいいと言ってしまえばそれまでなんだけれども、どうにもこうにも腰が上がらない。
まるでもって気が乗らない。
青と赤の絵の具をごちゃまぜにした気分があたしの中で渦を巻く。
とりあえず立ち上がり冷蔵庫を開ける。
ひんやりした冷気が頬をさらっとなで、庫内を物色するもマーガリンと牛乳しか入っていないことに、これまたやる気を失った。
「ハァー」
落胆の溜め息が零れ落ちる。
1ℓの牛乳をそのままがぶ飲みする。
口の横からタラタラと白い牛乳が涎のように零れ落ちるけれど、冷たい牛乳が首筋を這うのが気持ちよかったりもした。
(あたしは何がしたいのだろう)
床にぺたんとしゃがみこんで腕を組む。
頭を捻るが何も思いつかないし、どうやらこの議題に関しては答えがない。
だったら行けばいいんじゃないか……。
約束の時間まで後15分ある。
黒いワンピースに身を纏い、厚めの化粧を施してシャネルの香水を頭からざくっと振りかけ、10cmくらい高いパンプスを履き、踵を鳴らして、あたしはお客さんの待つ駅前のホテルに向かう。
うちを出てしまえばいいのだけれど、うちを出る前は決心が鈍るというか、面倒くさいというか。
色々なものが綯い交ぜになり、あたしの心を乱す見えない何かがある。
何かは漠然とは分からないんだけれど、それがはっきり分かってしまったらもうこの仕事は出来ないんじゃないかと思ったりもする。
知らなくていいことは世の中にたくさんあるし、みんな騙し騙しに生きているのかもしれない。
その中の1人があたしなんだし、今目の前にある現実を受け止めるしかないのだから。
あたしは結局身体を売ることしか出来ない、フーゾク嬢な訳で。
「すみません、お待たせしました、せりなでーすぅ」
屈託ない笑顔の裏であたしの苛立なんか分かりゃしないこのお客も、きっと内心は何かを抱え何かを支えに生きている。
その支えがもしかしたら少しはあたしかも知れない、と思慮すると笑顔は崩させないなと切実に思う。
造り笑顔が商売だと言及する店長の言葉が脳裏を霞めた。
「じゃ、行こうか」
「ええ」
あたしは橙色の大きなマフラーに顔を埋め可愛い所作をしてみる。
(あたしはせりな。可愛いせりなちゃん)
時刻は街が少し寂しい夕刻の時間帯に色を成していた。
to be continued…
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