エピソード

【 ようこの場合 31】恋愛依存症の女

風俗で働く女の子の物語。
あなたは彼女たちを批判する?
それとも共感?
今回は31人目のあたし。ようこ。
1人目はこちらからご覧ください。

ようこの場合

午後3時は昼でもなくかといって夕方でもない、ひどく曖昧な時間。
あたしは午後3時という不明瞭な時間が大嫌いだ。
まだ2時とか4時の方が絶望的にならないで済む。
「俺、先に出るけどいい?」
いつの間にかワイシャツをパリッと着て襟を正し、ネクタイを締めているハルキさん。
うん。あたしはうなずいて、細くてしなやかな指先に視線をうつす。
うっとりと見つめるあたしの鋭い視線を感じたのか
「ん?」
洗面台の鏡越しに向かって鏡の中のあたしに怪訝そうな顔を向ける。
あたしは、首を横にふって少しだけ笑った。
午後の3時26分。
彼は今から会社に戻ってゆく。
さっきまであたしとベッドで一線を交え、汗だくになっていた顔とは別のお面を被って。
「今度はいつ会えるの?」
月に1度でもあえればラッキーな方で、忙しい彼はなかなか時間が取れない。
証券マンの彼は家庭もある。
彼は夏用のスーツを着て帰り支度を完了させると、まだ裸でいるベッドの上のあたしの方に近寄ってきて、両手をつかんで押し倒す。
まっすぐな視線が真上から降ってくる。
スーツに身をまとった彼はさらにいい男に見える。
見慣れた顔だけれど、キャと声をあげ、顔を横に向けた。
「また連絡する。ようちゃん」
彼はそれだけ言って、先にホテルから出て行った。
先のない恋。先のない約束。先のないこの気持ち。
あたしは絶望的になり、押し倒された格好で裸のまま真っ白い天井をしばらく見つめた。
ずるい。憎い。殺したい。
あたたかい家庭もあり、綺麗な奥さんと子どもたち。
なんであたしを抱くのだろう。
それを受け入れてしまう自分に嫌気がさすも、やっぱりひとりになるのが辛くて電話を待ってしまう。
悲しいかな。あたしはひとりでは生きていかれない女だ。

「ま、じかーぁ」
「シー。ゆめちゃんってば。声がでかいよ」
待機場の片隅でじゃがりこを食べながら、ゆめちゃんにハルキさんとののことを話した。
「てゆうかさ、それ、すっかりもう不倫じゃんかぁ。嫌だ、嫌だよ」
ガリガリとじゃがりこをいい音鳴らして食べるゆめちゃんは、ちょっとだけ怒気を含ませた声音で首をふった。
「まあ、そうかもね。いつのまにかさ、本気になってたからね」
「本気にならなければ、いいでしょうに。遊びでって」
もう、おそいよ。そういいかけて口を噤んだ。
ハルキさんは以前、あたしの常連さんだった。
ゆめちゃんにはその辺のくだりはいってない。合コンで出会ったということにしてある。
「不倫なんてさ女だけが傷つくんだよ。都合のいい女なの」
ゆめちゃんは腕を組みながら話を続けた。あたしはなにも言い返せない。
早く仕事入らないかなぁ。と、ぼんやり考えていた。
ヘルスの仕事はお金のためでもあるけれど、それよりも男性に求められる、人に感謝をしてもらえる。ということが大きな要因となって始めた。
小さな部屋で行う禁忌な行為。
その時間だけはあたしは誰かの恋人になる。真摯に心を開き、身体を開く。
お客さんは誰しもが優しくあたしを扱う。
「綺麗だよ」「かわいいね」「スタイルがいいね」「スベスベだ」
甘い飴のようなくすぐったい言葉を並べあたしをいい気分にさせ、いい気持ちにさせる。
温かく白い膠を見ると心がざわつく。ああ、もうこれで終わりなのだ。と。

「好きになっちゃったみたい」
お客さんが帰っていく背中に声をかける。
行為を済ませたお客さんはすっかり素に戻っていて、後ろにいるあたしに一瞥し
「お世辞でもうれしいよ」
欲望を吐き出した鷹揚な声でささやきちょとだけ笑う。あたしも笑って
「また、来てね」
お客さんの手を握って名残惜しむように声を震わす。
どのお客さんもこの言葉をささやくと指名をしてくれる。営業トークではない。
あたしは結構本気で言葉にしているのだから。
「かっーーんぜんに、愛されたい症候群だわ。それ」
ゆめちゃんはゲラゲラと笑いながらあたしの肩をぽんと叩く。
「そうかもね。ゆめちゃんは? あたしのこと好き?」
え? 質問の意図がわからない、とゆう感じでポカンと口をあけるゆめちゃん。
「重症」
「あはは、そうね、あっ!」
スマホがブブと鳴って確認をしたら、ハルキさんからだった。
時間は午後3時15分。
「だからさ、この時間は嫌いだってゆってんの」
あたしは誰にでもなくひとりごち、ゆめちゃんの背中に寄りかかった。
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※恋愛依存は大人になっても治らない致命的な病なのかもしれないです。

風俗嬢歴20年の風俗嬢・風俗ライター。現在はデリヘル店に勤務。【ミリオン出版・俺の旅】内にて『ピンクの小部屋』コラム連載。趣味は読書。愛知県在住。

 
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