エピソード

【ミクの場合 11】バレンタインの奇跡

風俗で働く女の子の物語。
あなたは彼女たちを批判する?
それとも共感?
今回は11人目のあたし。ミク。
1人目はこちらからご覧ください。

ミクの場合

「土曜日さ、バレンタインじゃん。暇じゃないの?」
すっかりと休むつもりで店長に言ってみる。
ラブホテルもさ、カップルばっかで満員だよ、と付け足して。
「うーん、オンナのコの出勤も少ないしね、ミクちゃんは出勤するの?」
うーん、一間置き、あ、やす、まで言ったら、
「じゃ、お願いね」
最後の語尾までいってないのに自動更新的に出勤になった。
えー、あたし予定がありますよ、とは言えなかった。だって予定ないから。
ほっとけよ……。
ーバレンタインーか。
そういえば、昨日行ったラブホテルにチョコレートフェーアなんて書いてあったよな、なんて思いながら、小さく溜め息を吐いた。
どうせ彼には会えないし、ま、いっか。
イベント事は嫌いだ。彼とイベント事を過ごしたことはない。
むしろ、毎年お客さんと過ごす方のが多い。
去年もその前の年もホテルのチョコレートフェアのはり紙を見てるし。
いつだったか、チョコレートローションなんていう呼称のローションを塗りたぐられ身体中を舐められてひどく嫌な思いをした。
「あー、ミクちゃんのあそこチョコの匂いするぅー」
なんて言われてべろんべろんに舐めれ、その口であたしの口を塞いだものでからチョコと唾液とあたしの淫臭が否応なく口の中でのたうち回り吐きそうになったことが脳裡を霞めた。
(ゲゲッ)
その時のお客さんが「来年も呼ぶねー」と帰り際に言った。
バレンタインだった。ローションオトコ。
首を横に何度も振って、あたしはまたあのホテルの前に来ている。

「306、田中?さっきも田中だってじゃんか!は?どんだけ田中?」
独り言を吐きながら狭いエレベーターに乗った。
本指のお客さんだった。
「こんばんわ」
と、威勢良く開けた扉の向こうにいたのは例のローションオトコだった。
あたしは、初めまして、と言った。
本指で初めましてもないのだけれど。
苦笑まじりに田中さんが口を開く。
「えー、俺、俺、憶えてない、んー」
ええ?俺、俺詐欺か?忘れる訳ねーよ、とは言わないで絶句さながら次の言葉を待った。
「1年ぶりだよね、去年のバレンタインもこのホテルに来てミクちゃん呼んだんだよね」
あー、はいはい、キモいんですけれど、あの後、吐いたんですけれど!!
とは勿論言えないけれど、あからさまに顔に憤怒の形相が滲み出ているらしかった。
田中は察したのか、こうゆった。アンガールスの田中に似てるそういえば。
「180分でいい?」
ゲゲッ。むしろ60分のがありがたいのですが。言えやしない。
「あ、はいー、ありがとうございますぅ」
心とは裏腹な台詞を吐いた自分に危惧さながも店にコールを入れた。
タイマーをを5、いや、10分だけ早くセットし、あたしは田中さんの座っているソファーに並んで座った。
「まあ、本当にバレンタインデーに呼んでくれたんですね。嬉しぃー」
嬉しくないが、嬉しさをアビールするのも仕事だし。でもって、
営業トークだよ、わかってるんの?苦笑のしかめっ面。最低、あたし。
「あー、ね、まさかまだいるなんて思わなかったよ、でも、聞いてみたらいるっていうからさ」
どうせ淋しオンナですよ、あたしはさー、ぼんやりと宙を見上げた。
『ピンポン』
鳴るはずもないホテルのチャイムが鳴り、あたしは、え?と田中さんと顔を見合わせた。
あー、あー、田中さんが頷きながら、部屋を出て行き、何かを持って部屋に入ってきた。
ま、まさか?あのローション的な?あたしは逡巡しながらもテーブルに置かれたそれに目を落とす。
わっ、えー!わたしは感嘆の声を思わず上げてしまった。

ローションではなくってあたしが食べたかったチョコレートフェアのカップル限定チョコフォンデュだったから。
「ミクちゃん食べたいってゆってたの思い出してさ、昨日から予約しておいたの」
少しだけ得意げに話すアンガールス雨かな田中は鼻を広げて、薄笑いを浮かべていた。
意外にいい奴だったらしい。鼻毛が気になったけれども。
1年ぶりの再会は去年とは違う甘い再会になった。
来年はチョコ用意しておこうかな。まあもちろん義理だけどね。けれどきっとあたしはまだデリ嬢をしているに決まっている。
_________
バレンタインは終わりましたが風俗のお客さんは、行事には関係なく風俗嬢を呼ぶのです。
イベント時期に出勤をしてると『こいつさみしい女だな』なんて思われるのが嫌で出勤をしない時もあったけ。ふふ。
対人で構築されている風俗業界。笑いあり、涙あり、その中でも心にグッとくることもあるのです……。

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風俗嬢歴20年の風俗嬢・風俗ライター。現在はデリヘル店に勤務。【ミリオン出版・俺の旅】内にて『ピンクの小部屋』コラム連載。趣味は読書。愛知県在住。

 
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