エピソード

【14話】一生忘れられない日の出来事。

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880万円...。
この数字からこの物語は始まります。
第1話はこちらからご覧ください。

手術当日

お腹に宿ったばかりの赤ちゃんとお別れするその日の朝は、透き通った綺麗な秋晴れでした。
手術の予定は午前中だったのですが、2人の子供を見ることが出来なくなるため、主人がアルバイトを休んでくれました。
そして帰りは迎えの車かタクシーでと看護師さんに言われていましたので、主人に送迎をお願いしました。
手術後は出血も数日から1週間はあるでしょう、とのこと。
本当なら絶対に休まないといけないセクキャバの仕事なのですが、私はイレギュラーな休みを中々店側に言い出せず、その日の夜も時間になれば出勤しなければなりませんでした。
「私は何をやっているのだろう。」
気持ちを切り替えても私のしようとしている事は親のエゴだと、誰かに責められているような気持ちです。
理由がどんな事であるにせよ、自分の子供を自分の意志によって排除しようとしている訳ですから、責められても仕方ない訳なのですが…。
私を送り届ける車の中で、主人は「ごめんな。次は絶対そうならないようにしような。ごめんな。」
そう言ってくれたのは覚えていますが、とてもそんな気持ちにはなれなかった様に思います。
これが母親と父親の違いなのかも知れません。
お腹に宿った時点で、その子に対しての母性が母親の私には発生してしまいます。
主人は実感もなく、手術を見る訳でも手術を経験するわけでもないので、分からないのも当然と言えば当然です。
その時主人には悲しみより、責任と罪悪感だけが押し寄せていただけなのだろうと思います。

フワフワとした意識の中で

病院に到着したのは診察開始前の時間でしたが、既に数人の女性が待合室で待っていました。
この中に幸せな妊婦さんは何人いるのだろう。
そんな事を考えながら受付を済ませました。
待合室で座って待っていたら割と早くに看護師さんに呼ばれ、奥にある処置室のような所に案内されました。
「利き手はどっちですか?」
「右です。」
「じゃ、こちらの腕に全身麻酔の為の注射を先にしますね。この注射はしばらく痛むから利き腕は不便になるからね、利き腕じゃ無い方にしますからね。」
そう言うと筋肉注射にしては大きめのサイズの注射を出してきて、二の腕辺りに注射針を刺しました。
筋肉注射は久しぶりとはいえ、薬剤を投入されている時はありえない痛さに思わず声を出してしまいました。
涙が出ました。
注射の後は看護師さんが言う通り、針を刺した時より増していました。
そして健康チェックみたいな問診を口頭でされ、熱を測ります。
しばらく椅子に座って待ってました。
筋肉注射の痛みがジンジンとまだ痛く、注射の針を刺した部分を抑えていました。
15分位待たされたと思います。
看護師さんから手術着のような淡いピンク色の服を手渡されました。
「こちらに着替えたら、先生の診察を受けて手術室に行きますね。」
診察室には相変わらずの優しい先生が居て、手術の説明や所要時間、副作用などの話を聞きました。
最後に、
「大丈夫ですか?良ければ始めますね。」
先生は手術直前の、私の意志確認をしたのだと思います。
そりゃ辞めれるものなら、辞めたかったです。
それでも家族の事を考えたら、新しい家族を迎えるなんて事は到底出来ない事くらい分かっていました。
自分で歩いて手術室に。
罪を犯した囚人が死刑執行される為に連行されている様な、まさにそんな気分でした。
手術の寝台は産婦人科で診察する時のような椅子を大げさにした様なものです。
看護師さんがやって来て、点滴の準備をしてくれました。
「この点滴が全身麻酔ですからね。落とし始めたら直ぐに眠くなるので、ゆっくり寝ていてくださいね。」
先生が手術室に入ってきて、横に座りました。
先生が手術台の真上の電気をパチンと付けた途端、心拍数が上がり緊張しているのが心臓の音と一緒に伝わって来ました。
手に汗をかく怖さと、不安でいっぱいです。
「麻酔落とすからね。1、2、3、4って数えててね。10になる頃には寝てしまうから。」
「1、2、3、4、5、6、7・・。」
「・・11、12、13、14、15・・。」
30数えても不思議にも全然意識はしっかりしていました。
「あ~、お酒めちゃくちゃ飲むんやな~。アルコールに強いんやな~よし、もうちょっとだけ数えてくれるかな?」
38を数えた所で体が宙に浮いている様な、フワフワした感覚になりました。
フワフワした感覚は無くなりましたが、それは痛みが無くなったくらいのもので、子宮の入り口に昨夜詰めた綿花を先生がつまんで、取り出すのがはっきりと分かりました。
中に金具のような棒状の物を入れられてるのも分かりましたし、金具の様な物でかき回されているのも薄いフワフワした意識のなかで分かりました。
痛みはありませんでしたが、先生が作業をしている感覚は麻酔の効きが甘かった為か、分かってしまっていて、赤ちゃんを取り出してる音、その赤ちゃんを膿盆の様なお皿らしき物に置く音すら聞き取れてしまいました。
忘れられない音になりました。
その音を聞いた時くらいまで意識はずっとありましたが、手術が終了しそれから看護師さんに抱えられながら歩いて用意されたベットに寝かされたのは、断片的な意識しかありません。

夫婦の沈黙

目が覚めたら、時計があり12時半でした。思った以上に体が重くて、頭が痛みました。体を起こそうと思って力を入れてもベットから思うように起き上がれませんでした。
その時考えていたのが、どうして赤ちゃんを諦めないと行けなかったのかと言う事でした。
家族の生活の為に私がセクキャバで働いているからと言う事、借金の債務整理の為にまだ法律事務所に手数料を払っていかないと行けないという事、主人がまだ社会人として復活出来ていない事。
一生懸命に諦めないといけなかった理由を考えていました。
もうどんなに考えても、さっき天国に行ってしまった赤ちゃんは帰ってはこないのに、産んであげれる事は無い事は分かっていてもずっと考えてしまうのです。
そしてもし諦めずに出産できる状況ならどんな条件が必要だったのかも考えました。
その条件とは、私のセクキャバの仕事の引退と直結しました。
だから今は本当に仕方が無かったと、無理やりでも心を落ち着かせる必要があったんです。
この後悔と謝罪の気持ち、ずっと消える事はないだろう。
その気持ちを忘れずに、今生きている二人の子供をしっかり育てよう、そして主人をしっかり社会復帰させ社会人としても父親としても成功させよう、そう自分に誓いました。
家族も主人も子供も大切であるがゆえ、愛しているがゆえに歩いてきた道がその時の私にはその道しかなかった事、天国に昇った赤ちゃんには分かって貰えないかもしれないけど、すっと忘れないでいよう。
そう思いました。
ベットから起き上がることが出来、座っていたら看護師さんが来てくれました。
「今日、お迎えはご主人が来てくれますか?」
「はい。主人が来てくれます。」
「そしたら、ゆっくりでいいからね着替えて、まだフラフラすると思うから気を付けて待合室に来てくださいね。」
筋肉注射をした所がズキズキ痛み出し、麻酔が切れてきたのが分かりました。
そして立ち上がった勢いで、着て来た洋服に着替えます。
病院を出たら駐車場で車を停め、主人が待っていました。
下の子供も後ろの座席にいました。
その時の主人の顔、子供の顔を見た時、不安だった事から解放された気持ちになって、胸に熱いものがこみ上げました。
主人は何も言いません。喋りません。
それでも主人の気持ちは私に伝わりました。
それで私は充分な気持ちでした。
この一件は結婚生活の中で一番暗い過去になったのだと思います。
そして私たち夫婦しか、知ることがない出来事にしようと、お互いが何も言わなくても、分かった出来事になりました。

若くして二児の母になった私は風俗の世界に飛び込む決断をしました。夜の世界の「光」と「影」を自身で経験しました。家族を守るため、風俗とともにがむしゃらに駆け抜けた6年間の濃密なコラムが皆様の元気に変わればと思い執筆活動を続けて行きますのでよろしくお願いします♪ Rie♡"

 
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