エピソード

【50話】母親からの電話は地獄の幕開け

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この数字からこの物語は始まります。
第1話はこちらからご覧ください。

家族と一緒に過ごす時に感じる恐怖

1日遅れのバレンタインを家族と過ごすために、その日はいつもより早起きをし、家事を済ませていました。
その日は平日だったのですが、子供達は学校や幼稚園をお休みし、思い切り家族で遊ぶため子供達もキラキラした目で準備をして、普段学校に行く時間と同じ位の時間に出発したと思います。
当時の私にとっての家族と過ごす時間は特別なもので、いつも時間が勿体ない。
特にそう感じていました。
一緒にいる時間が普通の母さんより少ないと言う負い目を埋め合わせる為の大切な時間であり、私が理想とする母親像に少しでも近づける為の大切な時間。
そして子供達との時間を取り戻そうと思っても、私が夜にセクキャバで働き出してから、子供にとって頼れて世話のしてくれる人が、主人になっているのも分かりました。
そうなっていたから私は働きに行くことが出来るのですが、子供がトイレに行きたくても、欲しいおもちゃが在る時も、喉が渇いた時も、大体が「お父さん~。」と子供たちはお父さんを頼ります。
そこに私の悲しさがあり、寂しさがありました。
子供が成長している時に子供に対して全て寄り添っているのは主人だったので、私も子供にとって役に立てる母親でありたいという気持ちから、私に出来る事はお金を稼がなければ、私は役に立たない人間になってしまう。
必要とされなくなってしまうんじゃないかと、そんな風にも感じていて、その恐怖と背中合わせに自分が置かれていました。
その気持ちが自分の事をずっと苦しめていたのかもしれません。
当時の私は本当に一生懸命でしたが、私の思う方向が主人の社会に出て活躍するという気持ちの邪魔をしていたとは、その時の私では気が付くことが出来ませんでした。
私が稼げば稼ぐ分だけ主人の自信を無くさせてしまっていたというのは、私が母親としての自信の無さと同じだったのだろうと、そんな風に思います。
それでも生活が苦しかった時に比べて家庭内は上手くいってたので、そこの問題を直視することを避けていました。
普通の母親といっても、私には普通の母親に育てられた経験も無いので、それは全くの私の理想であり幻想でしたが、抱いている幻想的な普通の母親像と自分が余りにもかけ離れている事が、私にとってはとても苦しい事事。
平日であってもそこの水族館には、私から見て、素敵な家族で溢れています。
長男の入学式で見た様なご主人に守られ愛されながら、安心して子供を育てているお母さん。
目にする家族が全て私の理想とする幻想的なお母さんに見えました。
実際は私の理想を積み上げただけのものですが、その理想になる事が母親なんだと信じていたのです。

母親からの電話

水族館で家族でラッコを見て、子供の写真を撮影している時に電話が鳴りました。
時間はお昼の12時です。
この平日の12時という時間に電話してくるのは決まって私の母親でした。
母は仕事をしていたのですが、私から連絡をしばらくしていないと、決まった感じでお昼休憩を使い電話をしてきます。
それも毎回が家族と遊んでいる時という、タイミングの悪い時です。
家族でランチに行ってる時、旅行に行ってる時、買い物に行ってる時、遊園地に行ってる時も、何故か電話に出たくないタイミングで電話をしてきました。
恐る恐る電話を見たらやはり母親です。
家族は電話が鳴った事よりも、母親からの着信で顔色が悪くなる私の心配を毎回します。
着信中、頭を過るのは母親からお説教される内容です。
無視したいところですが無視してしまっては、いつまた電話がかかってくるかと、ソワソワしてしまい嫌な事は先に済まそうと言う気持ちで100%の確率で私は電話を受けていました。
そのラッコの前でも、一旦胸を落ち着かせ電話に出ました。
「はい。」
「あんた、しばらく電話ないけど、どうなってんの?」
「どうもなってないよ。変わりなく大丈夫やけど?」
「それやったらそれで、何で連絡してこないん。」
「色々忙しかったし、ごめんごめん。」
「それより、あんた今どこにおるの?」
「水族館やけど?神戸の方まで家族で遊びに来てるねん。」
「はっ?子供ら学校ちゃうの?こんな平日に子供連れまわして、子供も迷惑や。アホや親を持つと子供が気の毒やわ。出来の悪い母親持った子供の迷惑を考えなさいよ。ほんま、いい加減ちゃんとしなさいよ。孫が可哀そうやわ。」
「あー。うん。最近忙しくて、子供らと私が一緒に居れる時間が少なかったしな、お休みさせて遊びにきてん。そんなん毎回学校休ませて遊びに来てるわけじゃないし。まだ小さいからこんなん出来るのも今だけやって思って。」
「はー。それで、あんた夜の仕事も今日は休みなんか?」
「うん。今日は休んでるよ。」
「はー?親の為には休まんのに、子供の為なら休むのやな。ご苦労さんなこっちゃなー。あんたの母親が1人で頑張って生活してるのに、顔も出さんと、あんたは気楽やな。家族で遊ぶ暇あったら、顔出して私のご機嫌伺いに来なさい。それが子供の務めや。いい年して、そんな事も言わなわからんのか。」
「あー。」
「あー。じゃないやろ。夜の仕事して子供ほったらかしてるだけでも、脳みそ空っぽやて思ったけど、あんた脳みそ空っぽだけでは済まされへん位、どうしようもないな。アホって事は知ってるけど、ほんま思ってる以上にアホやな。」
と、こんな感じの電話です。通話中に私は数回繰り返し、
「アンタはアホな母親。」「アンタは出来の悪い母親。」「子供が迷惑や。」こんな言葉を繰り返し言われます。
それが私は嫌すぎて本音で言えば出たくはありませんが、出なかった場合、留守電にもこのようなメッセージが入っているので、言われっぱなしのメッセージを聞くよりか、少しでも反論出来るようにすぐ電話に出る事にしていました。
会話中の私はどんどん顔色が悪くなり、表情が曇ってきます。
子供達も主人もそれをとても心配して見守っているという、そんな具合でした。
この私に対しての様子伺いの電話…。
1週間程電話をしなかったら、かかってきます。
どうしてこの電話を私が思春期を迎えた頃に父親に暴行され、摂食障害で苦しんだ頃にそれをしてくれなかったのか…。
心からそう思っていました。
母からの苦痛でしかない電話。
よく考えてみると、母親からの電話は大体が苦痛な電話。
セクキャバで夜に働いている事を母親に打ち明けた事が、母親にアドバンテージを取らせてしまったような具合になっていたのです。
打ち明ける前は親戚の付き合いこそ、ほぼしなくなってはいましたが、母親には色んな事をあれこれ思われる前に、当たり障りない内容の話をしていたのです。
セクキャバで働いた事、本音を話すという事をしてしまったばっかりに、生活に土足で踏み込んでくるような内容の電話になっていました。
そして電話を切ることが出来るタイミングで、やはり母親からは最後に
「あんたな、金金ばかり思って仕事したら、子供もろくな大人にならんからな。いい加減考えて、夜仕事するのを辞めなさいよ。金金って、ほんまお父さんみたいになるで。」
母には私の気持ちが分かるはずありません。
確かにお金の為ですが、それだけではありません。
主人の妥協せず楽しめる仕事でアルバイトではない社会復帰や、再構築する為に、セクキャバで働くという事は私にとっては望みをかけたものだったのです。
父に寄り添う事が出来なかった母には、私の気持ちなど、考えられないのでしょう。
電話を切ったあと、必ず主人が言う言葉は、
「大丈夫?」です。
親から電話があり、終わった後にかける言葉が「大丈夫?」。
とても、穏やかでは無い事が誰でも分かります。
家族の楽しい時間、せっかくの休み、それがだいたい母親からの電話ですっきりしないものになりました。

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若くして二児の母になった私は風俗の世界に飛び込む決断をしました。夜の世界の「光」と「影」を自身で経験しました。家族を守るため、風俗とともにがむしゃらに駆け抜けた6年間の濃密なコラムが皆様の元気に変わればと思い執筆活動を続けて行きますのでよろしくお願いします♪ Rie♡"

 
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