エピソード

【ユイの場合14】秘密を抱え生きること

風俗で働く女の子の物語。
あなたは彼女たちを批判する?
それとも共感?
今回は14人目のあたし。ユイ。
1人目はこちらからご覧ください。

ユイの場合

湿った匂いの立ち込める薄暗い部屋。
ロウソクの明かりがゆらゆらと揺れて、あたしの影も同じよう揺らしながら照らしている。
白昼の時間だとゆうのに、完全にシャットダウンした部屋は一体何時なのかわからない。
ロウソクはSMに用いる橙色のロウソクで人参のような形をしているが、長い時間燃えてくれるので大人のおもちゃといっても重宝をしている。
「あ、そのロウソクの明かりだけでいいんだよ。なるべくね、暗いほうがいいんだ」
初めて野中さんに会ったとき、お仕事用のカバンをひっくり返したことが功を奏したとばかりにロウソクに駆け寄ってきて手に取り、その台詞を口にした。
え?でも、それは、SM用の低温ロウソクなんですよ。まるで子供が真新しいおもちゃを見るような目でロウソクを見るものだから、あたしは、クスクスと笑った。
「エスエムって?」
野中さんは首をかしげ、エスエムってなあに?と、目を丸める。
性感エステのお店に従事しているあたしなのに、なぜにSMに使用するロウソクを持っているのか?
その疑問の方が真っ当だし、野中さんが首をかしげるのはあたりまえだ。
「あ、あたし、SMクラブとの掛け持ち嬢なんですよ。はい」
「え〜。そうなの?ユイさんはSなの?」
いや、ロウソクを持っているからと言ってSでくくるのは素人の考え。
あたしはその実、垂らされる方をもっとも好むM女なのだ。
けれど、どっちでも出来るし、なんたってM男が多いこと、多いこと。
ちゃぶ台をひっくり返す男はもう絶滅したのかしら。なんて思う。
「あはは、まあ、そうゆうことにしておきましょうか」
鷹揚な野中さんは目尻を下げ、微笑んで見せた。
「俺は、ん〜どっちだろうな?こうやって、ユイさんにオイルを垂らされるのが好きだからM寄りなのかな〜。ロウを垂らされるのはごめんだけれどさっ」

野中さんは目を閉じうっとり顔をしてうつ伏せになっている。
顔の表情は心もとないロウソクの灯りだけであまりつかめないが、感覚でわかる。
身体の弛緩。野中さんはこれで4度目の性感エステだ。
温めたベースオイルは無香料のグレープシードオイルを使っている。
ココナッツやホホバなどいろいろと試したがさらっとして最後に吹き上げをしなくてもよい、グレープシードオイルに落ち着いた。
精油はお好みで選んでもらう。
既婚者は首を横にふるが、野中さんのような男やもめにはラベンダーかイランイランをすすめている。
「あ〜、いい気持ちだ」
施述の間は寡黙になる。特にうつ伏せの時は。
「あ、えっと、今度はおもて向いてください」
仰臥の体制になると大抵の男性は勃起をしている。
羞恥に満ちた顔をし、はずかしいなぁ、なんて言い淀んで最終のお楽しみに胸をときめかす。
しかし……。
「ユイさん、今日もね、足はいいからね」
野中さんは足を一切触らせてくれない。足はいいからね。いつも開口一番にゆわれる。
「はい、はい。わかっていますよ」
子供をなだめる口調はまるでお母さんのようだ。あたしの方が20歳も年下なのに。
左指の薬指には1回も指輪をはめたことはないよ、と以前はにかんだ野中さん。
もう、すっかり50歳を過ぎている。
仰臥の体制になっても野中さんは全てを隠さない。
隠すのは足だけだ。
緩んだ身体からに哀愁が漂う。
人の裸はその人の人生を物語っているから不思議だし、身体を触るとその人のことがわかってしまう。
「あ、ごめんね。今日も勃ってないな」
「あら、そんなこと。気にしないで」
しかしそこはだらりとしていて、繁みの薄い野中さんの器官は死んでいる。
勃起をしない上、射精もしない。
だた触ってとゆうだけ。手を触れられるだけで嬉しいんだよ、と囁く。

いつものように、緩く触りながらあたしは何気なしに、野中さんの足の指先がタオルから出ていることに気がついた。
暗闇でも90分もいたら、目は慣れているし、あたしの視力は2.0だ。
(え?あ、)
目だけがひどく驚き、心の中でああ、と叫んだ。
幸い目を閉じてうっとりしてる彼にはわからない。
なんども、なんども、右足の指を数える。
(いち、にい、さん、……)
どうしても6本ある。
どうして?もっとそばに寄って見てみたい。視線を元に戻す。
全く死んでいる欲望器官に。
初めて会った時からのことを反芻をする。
頑なに靴下を脱がなかったこと。
けれど、隠すから大丈夫だから。
リラックスできるからともっとも安心させたこと。
(野中さん、どうして、なんでなの?生まれつきなの?)
あたしは顔を上げ、涙の決壊を阻止した。
こんなところで泣いていたら、不審に思われてしまう。
いつも笑顔なあたしを気に入ってくれているのだから。
「終わりました」
ほとんど眠っている肩をポンと軽く叩き、そうっと声をかけた。
「ん、あ、ありがとう。まじで寝ちゃったわ。俺」
ゆっくりと座ろうとした野中さんの視線は足に注がれている。
さっき、そっとタオルをかけ直しておいたのだ。
安堵の表情が悲痛だった。
「あ、じゃあ、あたし、蒸タオル持ってきますね」
さっと立ち上がって、洗面台に行く。
お湯の蛇口を捻り、タオルを濡らす。
湯気が立ち上って、鏡が徐々に曇って行く。
けれど、顔の部分だけ特殊加工をしてあるのかくもらないようになっている。
その四角くなっているところを覗くと目を真っ赤にしたあたしが映っていた。
今ごろ、野中さんは靴下を履いている。
誰にも言えない秘密を抱え生きている孤独な人。
孤独を享受する風俗嬢のあたし。
誰もが悩んで生きている。
あたしは熱いタオルを故意的に掴んで、「あっつ!」と、大声で叫んだ。
「え!ユイさん、大丈夫?」
遠くから優しい声がする。
あたしは、はい!と大きな声で呼応を返した。
6本の指。
タオルをかけたとき見ようと思えば見れたけれど、見てはならない気がしてやめた。やめてよかったんだ。きっと。
うん。
________
※誰にも言えない秘密を抱え風俗に来るお客さんがたくさんいます。
コミニュケーションがとれないお客さんもいて、苦労をするけれど、風俗嬢だから、利害ない風俗嬢だからこそ吐露出来ることもある。
それを聞いてあげるもの仕事なの。

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風俗嬢歴20年の風俗嬢・風俗ライター。現在はデリヘル店に勤務。【ミリオン出版・俺の旅】内にて『ピンクの小部屋』コラム連載。趣味は読書。愛知県在住。

 
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