エピソード

【41話】姉の結婚式と加速する自傷行為

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この数字からこの物語は始まります。
第1話はこちらからご覧ください。

姉の結婚式

長女の姉の結婚は、姉の説得により母親が渋々離婚に合意したため可能になりました。
母の気持ちとしては、「娘の幸せの為に離婚した。」
そう母親は後に言っていました。
長女の姉も離婚に合意した母親に、申し訳ない気持ちがあったに違いはありません。
本当は夫婦お互いの裏切りでの離婚だったのに、両親がその事実と向き合う事が出来ていないだけ。
その考えが間違いだった事に気が付くのに、私はとても時間がかかりました。
こうして間違いだらけの歪んだ環境の中で、私と言う人間が造られて行ったのです。
長女の姉は秘書をしているので結婚式は、企業のそうそうたるメンバーがいらっしゃいました。
そんな方々を招待している結婚式なのに新婦の母親は不在だった事、姉は辛かっただろうと思います。
どうしても家柄と言うのは社会生活に付きまといます。
どの大企業の役員の方も、独身はいても離婚をしている人はほぼいません。
そんな世界の違う方々からすれば、いわゆる訳アリな新婦なのです。
勿論それが良いとか悪いとか言っているのではありませんが、そんな大きな社会で働く人達は、明らかに良い家柄で、それを自分でも分かっているのかしっかり守っていらっしゃいます。
その中で父とバージンロードを歩く姉は、後ろめたさもあったのではないだろうかと思います。
両親が普通の夫婦でいてさえくれていたら、家柄は良くなくとも悪いとは言われなかったのです。
結婚式の日にその状況を見て、私は姉を可哀そうに思いました。
親の責任でこんな恥ずかしい思いをしなければいけないのかと。
離婚ではなく死別であれば、何等かスピーチで新婦の母親について触れるのですが、完全に母親に関してはスルーだった事も、状況からして訳アリだったのです。

辞められない自傷行為

長女が結婚し自宅に居なくなってからは、異母姉妹の姉と家政婦さんからの嫌がらせやいじめは、益々酷いものになりました。
父からの暴行も酷くなる一方。
父は父親である事より男として家政婦さんを守りたかったのでしょう。
そして異母姉妹の姉を自分の不貞で出来た事を帳消しにしたいが為に、とても可愛がり私の事を3人が目の敵にしてきました。
それでもそんな状況を知っていても、離れて暮らす母は私を助けには来ません。
しかし幸い自分の部屋があったので、逃げ場所があった事に凄く助かりました。
その頃どんどん私の摂食障害は酷くなります。
自分の部屋で泣きながらお菓子を山盛り食べ、菓子パンを大量に食べ、トイレで吐くという毎日でした。
見つかるたびに殴られるのですが、殺されはしないだろう。
そう考えるようになりました。
当時の体重は35kgくらい。
摂食障害になるまでは50kgあった体重がみるみる落ちていきました。
吐く事は苦しいのでやめたい気持ちがあったのですが、どうしても辞めれません。
摂食障害によって嘔吐することは怒られるし、殴られるし、責められます。
しかし誰もどうして摂食障害による過食嘔吐をするのかという事は考えてはくれませんでした。
今自分の子供がそんな病気なら、原因を私は突き止めて対応したと思います。
それは父や母にとったら、嫌な事と向きい合う作業だったのでしょう。
「食べ物を吐いてしまう私は、とても悪い子だ」
私は自分の事を評価出来ない。
好きになれない気持ちでした。
そうして中3の夏、リストカットに手を出します。
その行為はとても良くない行為ではありますし、とても痛い。
しない方が勿論良いのですが、そのリストカットを異母姉妹の姉と父に見つかった時、また酷く殴られるのです。
してはいけない事ですがそんな事をするには理由があって、もうすでに、「寂しい」だの「こちらを見て欲しい」だのそんな簡単な理由ではなくなっていました。
しかし誰も理由は聞かないのです。
「辞めなさい!!」とだけ言われ、怒られました。
今になって分かる事ですが、小学3年生に母親が居なくなってからの家庭が崩壊していく中で、段階的に傷ついたものが数年経過して私の体に出て来たものだった事の様に思います。
今となっては色んな情報がある為、摂食障害では合併症としてリストカットなどの症状がでる事がある、摂食障害は母親との歪んだ関係で発病してしまうなど色々知ることが出来ますが、当時はその病気を知ろうともされず、私はとても生きにくい生活をしていたのだと思いました。

母親に打ち明けた後悔

セクキャバで働いて本当にそんな女の子が多い事に驚きました。
20歳を過ぎてもそのまま自分を肯定することなく生きているのですから、辛いのではないかと思います。
余りにリストカットの跡がある女の子や、吐きダコのあるそんな女の子が多かったので、そんな場所なんだという認識になっていきました。
母親に夜に働いているという事を打ち明けたという話に戻りますと、随分責められた訳です。
どうして母親に打ち明けようなんて思ったのかと、打ち明けて直ぐに後悔しました。
私のやり切れなさや、債務整理の手数料支払い後の主人の収入によっては、私はまだ風俗業界のセクキャバで所得を得ないといけないかもしれないという不安。
長男のメンタル面でのケアと、夜私が不在になるセクキャバ勤務の両立。
主人に対してのモヤモヤした気持ちを母親に理解してもらいたかったのです。
それは母親と言う立場である人から、精神的な私の気持ちの落ち込みや、子供を主人に任せて仕事に行く事への罪悪感を慰めて欲しいという思いでした。
しかし打ち明けた事を心の底から後悔しました。
そもそも私に対して母親業を殆どしていない母親にそれを期待したのが、間違いだったのです。
勇気を振り絞って打ち明けた事が台無しになった気分でした。
それから母親は主人との離婚を勧めてきます。
子供2人連れて母親の所で一緒に住むことを勧めるのです。
私は主人と造ってきた家族を守りたくてセクキャバで働き、再出発の為に頑張ってきたことが、「あんたアホや!やめとき!こっちおいで。』そう言われる様になりました。
気持ちを分かって欲しかっただけで、これからどうするのかを相談したのでは無いはずなのですが、母との会話ではこれからどうするのか?という話になっていき、話すのが段々面倒になってきました。
私は打ち明けたもう1つの理由として「頑張ったね。」そう言って欲しかったのです。
セクキャバという仕事柄、褒められないのは勿論分かっています。
でもそこまでして家族や子供を守ろうと奮闘した事を褒めて欲しかったのです。
期待とは真逆の事を言われ「逃げてきなさい。」そう言われたのです。
どこまでも子供の気持ちを分かってくれない母親なんだと思いました。
私を置いて出て行った頃の若かった母親とは違い、恋人も居ない歳をとった母は寂しかった事もあるのでしょうが、私は母親と一緒に住むなんて事は、全く考えられませんでした。
「何で私の気持ちがわからんの?頑張った事を褒められたいのに!」
「あほちゃうか!母親が夜おらんと心細い気持ちで小さい子供がしっかり育つわけない!そんなんも分からんのか!」
「家が大変やってんやんか、もう1回立て直すために私が働いてるのに何で分からんのよ!」
「とにかく、早く仕事やめなさい!そんな仕事子供が可哀そうやろが!私のいう事は正しいねんからな。いう事聞きなさい!」
こんなやり取りがありました。
母親は自分の過去をきれいさっぱり忘れた様子で私の話はほぼ聞かず、勿論気持ちも理解しては貰えない感じでした。

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若くして二児の母になった私は風俗の世界に飛び込む決断をしました。夜の世界の「光」と「影」を自身で経験しました。家族を守るため、風俗とともにがむしゃらに駆け抜けた6年間の濃密なコラムが皆様の元気に変わればと思い執筆活動を続けて行きますのでよろしくお願いします♪ Rie♡"

 
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